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サッカーブラジル代表

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
サッカーブラジル代表 BERJAYA
BERJAYA
国または地域 ブラジルの旗 ブラジル
協会 ブラジルサッカー連盟
FIFAコード BRA
愛称 Seleção (セレソン)
Canarinho (小さなカナリア)
Verde-Amarela (緑と黄色)
監督 イタリアの旗 カルロ・アンチェロッティ
キャプテン マルキーニョス
最多出場選手 カフー(143試合)
最多得点選手 ネイマール(80得点)
BERJAYA
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ホームカラー
BERJAYA
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アウェイカラー
初の国際試合
BERJAYA アルゼンチン 3-0 BERJAYA ブラジル
(ブエノスアイレス, 1914年9月20日)
最大差勝利試合
BERJAYA ブラジル 10-1 BERJAYA ボリビア
(サンパウロ, 1949年4月10日)
BERJAYA ブラジル 9-0 BERJAYA コロンビア
(リマ, 1957年3月24日)
最大差敗戦試合
BERJAYA ウルグアイ 6-0 BERJAYA ブラジル
(ビニャ・デル・マール, 1920年9月18日)
BERJAYA ブラジル 1-7 BERJAYA ドイツ
(ベロオリゾンテ, 2014年7月8日)
FIFAワールドカップ
出場回数 23回(初出場は1930)
最高成績 優勝(1958, 1962, 1970, 1994, 2002)
コパ・アメリカ
出場回数 38回
最高成績 優勝 (1919, 1922, 1949, 1989, 1997, 1999, 2004, 2007, 2019)
FIFAコンフェデレーションズカップ
出場回数 7回
最高成績 優勝 (1997, 2005, 2009, 2013)

サッカーブラジル代表(サッカーブラジルだいひょう、伯: Seleção Brasileira de Futebol[注釈 1])は、ブラジルサッカー連盟(CBF)によって構成されるブラジルのサッカーのナショナルチーム。

概要

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FIFAワールドカップで優勝経験のある8つのナショナルチームのうちの1つであり、同大会で最多となる5度の優勝を誇る世界的なサッカー大国である。FIFAランキングで首位に立った経験のある8つのナショナルチームのうちの1つでもある。

ワールドカップには、これまでの23大会全てで本大会出場を果たしている唯一のチームであり、1970年大会と2002年大会では、全試合90分以内での全勝優勝を達成している[注釈 2]。中でも1970年大会は南米予選でも6試合で全勝しており、予選・本大会を通じての全勝優勝はこれが大会史上唯一の記録である。

しかし近年は、優勝した2002年大会を最後にワールドカップで決勝進出を果たせておらず、準々決勝で欧州勢に苦杯を嘗めるケースが目立つなど、往時の圧倒的な戦績と比較して物足りない結果が続いている。こうした状況を打破すべく、2025年には初の外国人監督としてイタリアの名将カルロ・アンチェロッティの招聘に踏み切ったが、直近の2026年W杯もノルウェーに敗れて16強に終わり、現在も立て直しに向けた模索が続いている。

ワールドカップ優勝国の中では、スペインと同様に地元開催での優勝経験が無い。コパ・アメリカでは9回優勝している。これは16回のアルゼンチン、15回のウルグアイに続く戦績である。

チームカラーはカナリア色(黄色)・青・緑・白で、これはブラジルの国旗から取られている。愛称はチームカラーよりカナリア(Os Canarinhos)。また、ブラジルの公用語であるブラジルポルトガル語でナショナルチームのことをセレソン seleção[注釈 3]([ˌseleˈsɐ̃w̃] セレサォン)というが、ヨーロッパポルトガル語では seleção([sɨlɛˈsɐ̃w̃] スレソン)と言い、綴りは同じながら発音が異なるため、日本語では「セレソン」だけでブラジル代表を想起させることが多い。 なお、「セレソン・ブラジレイラ」は本来はサッカーに限ったものではなく『ブラジル代表』という意味なので、バレーボール等他の競技でも代表チームは「セレソン・ブラジレイラ」と呼ばれる。

最多出場はカフーの142試合、最多得点はネイマールの80得点である。ブラジル国内での試合開催はワールドカップ地区予選、アルゼンチンとの親善試合「スーペルクラシコ」以外では年1回の親善試合に限られている。それ以外ではヨーロッパを中心にアウェー、もしくは中立国で開催している。

CBFロゴの上部にある星は、これまでのワールドカップ優勝回数を示している。この星は1回優勝を果たす度に、次のユニフォームにおいて星の数が増えていく。なお2020年以前はサッカーブラジル女子代表のユニフォームにも男子と同じく星を付けていたが、男女代表間の功績を明確に区別する為、女子代表のユニフォームには星がなくなった。

歴史

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黎明期

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ブラジル代表のエンブレムの基になっているキリスト騎士団の十字。これは旧宗主国のポルトガル代表と共通である。

1914年、リオデジャネイロ州とサンパウロ州の合同選抜チームがイングランドのエクセター・シティFCと対戦したのがブラジル代表の最初の対外試合であると言われている。試合結果については2-0でブラジルの勝利であったとするものと、3-3の引き分けであったとするものとがいずれも複数存在しており、正確な情報は不明である。

初期のブラジル代表は常に世界トップレベルにある現状とは程遠く、ブラジルサッカー連盟内部でのプロ化に関する意見の不一致による内部紛争などの影響で、代表チームの編成も不安定な状況にあった。南米選手権(現在のコパ・アメリカ)では1919年、1922年に優勝したものの、1920年にチリのビニャ・デル・マールで開かれた南米選手権ではウルグアイに、2014年時点で最多得失点差での敗戦記録[注釈 4]として残る0-6の大敗を喫している。また、第一次世界大戦の影響もあるが先述のエクセター・シティFCとの対戦以降、欧州チームとの対戦は1928年、スコットランドのマザーウェルFCとの試合までなかった。

ウルグアイで開催された第1回FIFAワールドカップに出場し、グループ2初戦のユーゴスラビア戦に1-2で敗れ、続くボリビア戦には4-0で勝利したもののグループリーグ敗退となった[注釈 5]。

1934年にはイタリア王国で開催された1934 FIFAワールドカップ初戦のスペイン戦に1-3で敗れ、早々に敗退[注釈 6]、その足で向かったアウェーの親善試合ユーゴスラビア戦で、2019年時点でブラジル代表の公式試合最多失点記録として残る4-8の大敗を喫している[1][2]。1938 FIFAワールドカップでは初めて準決勝まで進出するも、優勝したイタリアに1-2で敗れ3位決定戦でスウェーデンに勝利し3位となっている。

ブラジルにとって、ワールドカップ優勝を狙える最初の機会は南米選手権で27年ぶりに優勝した1949年の翌年、自国で開催された1950年大会であった。1次リーグを2勝1分で突破すると、2次リーグでもスウェーデンに7-1、スペインに6-1と大勝し、この大会の事実上の決勝となったリオデジャネイロのマラカナン・スタジアムでのウルグアイとの2次ラウンド最終戦に臨んだ。しかし引き分けでも優勝だったにもかかわらず逆転負けを喫し、初優勝を逃した。これは「マラカナンの悲劇」とよばれている。1954年大会では、超攻撃型スタイルで予選リーグではメキシコに5-0で快勝し、決勝トーナメント進出を決めるもマジック・マジャールことハンガリー代表に4-2で敗れた。

ペレの登場と黄金期

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初優勝は1958年スウェーデン大会で、この年からペレ、ガリンシャを擁し、圧倒的な強さで決勝で地元のスウェーデンを5-2で破った。これは南アメリカのチームがヨーロッパで開催されたワールドカップで優勝したただひとつの例である。この年からブラジルは黄金期を迎え、4大会で3度の優勝を誇り、現在のサッカー王国としてのブラジルが定着した。

1962年大会はグループリーグ2戦目でペレが怪我を負い、以降の全試合を欠場するも、ガリンシャが代役として活躍しチームの優勝の原動力となった。

1966年大会は優勝候補の一角となり史上初の大会3連覇を目指すも、グループリーグ敗退に終わる。前回優勝国がグループリーグ敗退するのはワールドカップ史上初の出来事となった。

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1970 FIFAワールドカップでのブラジル代表イレブン

1970年メキシコ大会でも、優勝候補の一角となり、ペレをエースとし、ジャイルジーニョ、リベリーノ、トスタンなど他国ではエースを狙えるほどの強さと層の厚さで終始圧倒的な強さを見せ3度目の優勝を果たし、ペレはジュール・リメ杯を永久保持することとなった。

1974年大会はペレ、トスタンらが代表引退し、後に活躍することになるジーコ、ジルセウの間の世代で、チーム力が落ちて「谷間の世代」とも言われていた。本大会では2次リーグすら突破が怪しかったが2位で突破し、3位決定戦ではポーランドに敗れ4位に終わった。1978年大会では全盛期の強さに及ばないものの、ジーコの登場で本来のブラジルの強さ取り戻し、3位に終わった。

1982年スペイン大会のジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾの4選手が形成した中盤は黄金のカルテットと呼ばれ、「ブラジルサッカー史上最もファンを魅了したチーム」と称されたが結果的には2次リーグ敗退している。ブラジルでは、この2次リーグのイタリア戦を「サリアの悲劇」と呼ばれる。1986年大会では優勝候補の一角となるも、準々決勝でフランスとの一戦に敗れ、ベスト8に終わる。

1990年大会ではグループリーグC組を3連勝で首位通過したが、決勝トーナメント1回戦でアルゼンチンに敗れ、ベスト16に終わった[3]。

1994 FIFAワールドカップの決勝トーナメント1回戦では開催国アメリカとの対戦となり、試合日である7月4日はアメリカの記念すべき独立記念日で、大アウェーの中の対戦であったが1-0の辛勝であった。その後は、前評判は低かったものの決勝まで駒を進め、ロベルト・バッジョらを擁するイタリアとの対戦となるも、0-0で決着が着かずPK戦となった。PKでは5人目のバッジョがシュートを外し3-2で勝利し4度目の優勝を飾った。

1998 FIFAワールドカップでも2大会連続で決勝に進出したが、直前でエースのロナウドが泡を吹きチームはパニックとなった。ロナウドは試合に出場したものの、ジネディーヌ・ジダンらを擁する開催国のフランスの前に0-3で敗れ、連覇はならなかった。

日韓W杯優勝以降

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Ronaldo 2002 cropped
2002 FIFAワールドカップでのロナウド

2002年日韓大会南米予選で苦戦し、本大会出場すら危ないほどだった。それを引きずるかのように本大会初戦のトルコ戦でも先制点を許してしまうが、何とか2-1で逆転勝ちした。しかしその後はロナウド、リバウド、ロナウジーニョ(3R)ら攻撃陣が機能し、全勝で決勝まで勝ち上がった。決勝の相手はそれまでワールドカップで対戦したことのなかったもうひとつのサッカー大国、オリバー・カーンらを擁するドイツだった。これをロナウドの2ゴールにより2-0で制し、ワールドカップ最多優勝記録を5に伸ばした。

2002年の基本フォーメーション。

2006年ドイツ大会では、前回大会とは対照的に南米予選を1位で通過した。黄金のカルテットになぞらえて「カルテット・マジコ」(魔法の4人組)と呼ばれたロナウド、ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノの4人による前線を擁し、優勝候補の大本命とみなされていた。特にロナウジーニョへの期待が高く、「この大会はロナウジーニョの大会になるだろう」との声もあった。だが、準々決勝で8年前のフランス大会の決勝で敗れたフランスと当たり、0-1で落とし連覇及び当時史上初となるはずった4大会連続ベスト4を逃した。

2010年南アフリカ大会南米予選では、開始早々から好調を維持していた。2009年9月5日、敵地での対アルゼンチン戦を3-1で勝利し、3試合を残しながら南米勢のトップを切って本大会出場が決定した。これで第1回(1930年ウルグアイ大会)からの連続本大会出場記録が「19」に伸びた[注釈 7]。本大会では順当に勝ち上がるが、準々決勝でオランダと対戦し1-2で逆転負けを喫した。翌年のコパ・アメリカ2011では3連覇を狙ったものの、準々決勝でパラグアイと対戦して押し込みながらもゴールを奪えず、PK戦の末に敗れた。

ネイマールの時代

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2014 FIFAワールドカップでのブラジル代表イレブン

2014年大会は、開催国として予選免除での本大会出場、丁度20度目の出場となった。エースのネイマールを中心にチームは勝ち進んだものの、ベスト4を争った準々決勝のコロンビア戦では2-1で勝利を収めながらチームの核であるネイマールがコロンビアのフアン・スニガと衝突した際に腰椎を負傷し、それ以後の試合は絶望となった。またキャプテンでセンターバックのチアゴ・シウバもイエローカードを貰い、次戦累積により出場停止となった。

決勝進出を賭けた準決勝のドイツ戦では、前半に5失点を喫するなど1-7と歴史的大敗を喫した。これは、3大会ぶりの決勝進出を逃しただけでなくワールドカップの決勝トーナメント史上初の7失点という記録も残した。この敗戦は「マラカナンの悲劇」にちなんで「ミネイロンの惨劇[4](ベロオリゾンテの惨劇など)」(Mineiraço)と呼ばれている。前回大会の準々決勝で敗れたオランダとの3位決定戦でも0-3で敗れ、2010年大会の雪辱を果たせず10大会ぶり2度目の4位に終わった。南米大陸開催のFIFAワールドカップで、開催国が3位以内に進出できなかった初の例となった。なお、11得点に対し14失点(出場した大会中、ワースト記録)と1966年イングランド大会以来11大会ぶりに失点数が得点数を上回った。

2018年ロシア大会・南米予選ではネイマールの不在により、序盤6試合は2勝しかできず予選敗退ゾーンの6位まで転落したが、その後は一気に9連勝し、ワールドカップ地区予選通過第1号で本大会出場を決めると同時に連続本大会出場記録が「21」に伸びた。本大会ではグループEに入り、初戦のスイス戦では1-1のドローとなったが、2戦目のコスタリカ戦では後半のアディショナルタイムにコウチーニョ、ネイマールがゴールを決め2-0で勝利を収めた。3戦目のセルビア戦でも2-0、迎えた決勝トーナメント1回戦のメキシコ戦でも2-0で勝利した。しかし、準々決勝のベルギー戦では前半の13分にフェルナンジーニョのオウンゴールで先制を許すと、31分にもケヴィン・デ・ブライネに追加点を奪われる。後半の31分にレナト・アウグストのゴールで1点を返したが、1-2で敗れベスト8で敗退となった。

2022年カタール大会・南米予選の第6節アルゼンチン戦でアルゼンチンの選手がブラジルの新型コロナウイルス感染拡大対策ルールに違反している可能性があるとして試合開始直後に中止となるトラブルに見舞われたが[5]、無敗で1位通過し22回連続出場を果たした。FIFAランキング1位で迎えた本大会ではグループGに組み分けされ、初戦のセルビア戦を後半にリシャルリソンの2得点により2-0で勝利するも[6]、今大会が最後のW杯と話していたネイマールが試合中に足首を負傷してしまいグループステージの残りの試合を欠場することになった[7]。2戦目のスイス戦は83分にカゼミーロのゴールで1-0で勝利し、2連勝で決勝トーナメント進出を決めた[8]。グループリーグ3連勝を賭けて挑んだ第3戦のカメルーン戦は終始攻め続けたが得点を挙げることはできず、逆に後半アディショナルタイムにヴァンサン・アブバカルに先制ゴールを奪われてそのまま0-1で敗れ、24年ぶりにグループリーグで敗戦を喫したが1位で通過した[9]。決勝トーナメント1回戦ではネイマールが復帰し韓国を相手に4-1で快勝[10]。準々決勝クロアチア戦では延長前半にネイマールがペレの持つブラジル代表最多得点記録(77得点)に並ぶゴールで先制するも延長後半にブルーノ・ペトコヴィッチのゴールにより同点とされ、PK戦では4人連続で成功させたクロアチアに対しブラジルは1番手のロドリゴのシュートがドミニク・リヴァコヴィッチに止められると、最後は4番手のマルキーニョスのシュートがゴール左ポストにはじかれたところで試合終了。2大会連続のベスト8敗退となった[11][12]。試合後、2016年に就任して以降の6年間で81試合61勝を挙げていたチッチ監督が退任を表明した[13]。

コパ・アメリカ2024ではグループDに組み分けされ、初戦でコスタリカと対戦した。終始攻め続けたが得点を挙げることはできず、前半31分にマルキーニョスがネットを揺らしたものの、これがVAR判定で取り消される不運に遭い0-0の引き分けに終わった[14]。2戦目のパラグアイ戦はヴィニシウスの2ゴールの活躍で4-1で快勝し大きな勝点3を得た[15]。勝利すれば逆転での1位通過が決まる3戦目のコロンビア戦では前半12分にハフィーニャのゴールで先制するも、前半終了間際にダニエル・ムニョスのゴールにより同点とされそのまま1-1で引き分け、2位での通過となった。準々決勝はグループC1位通過のウルグアイと対戦した。前半を0-0で折り返し、74分に相手に退場者が出て数的優位に立ったが、最後まで相手の堅い守備を崩すことはできず90分で決着は着かずPK戦にもつれ込む。ブラジルは1人目のエデル・ミリトンのシュートがGKに止められ、3人目のドウグラス・ルイスのシュートもポストにはじかれてしまう。その後のウルグアイの4人目ホセ・マリア・ヒメネスのシュートはアリソンが止めたが、最後はウルグアイの5人目マヌエル・ウガルテに決められたところで試合終了。ベスト8で大会を去り、2大会連続のベスト4入りはかなわなかった[16]。

アンチェロッティ体制

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2026 FIFAワールドカップでは、グループCに組み分けされ、初戦で前回大会ベスト4入りを果たしたモロッコと対戦した。前半21分にイスマエル・サイバリに先制点を奪われ、同32分にヴィニシウス・ジュニオールが同点ゴールを決めて追いつくも勝ち越せずドローとなった。しかし、後のハイチ、スコットランドにはいずれも3-0で勝利しC組1位でノックアウトステージ進出を決めた。ラウンド32は昨年10月の強化試合で初黒星を喫したグループF2位通過の日本と対戦した。開始から終始攻勢を強めるも再三の決定機を鈴木彩艶の好セーブで決めきることができず、前半29分には佐野海舟からミドルシュートを決められ先制点を奪われる。それでも、後半は前半よりも攻勢を強めてヴィニシウス•ジュニオールを起点に流れを引き寄せていくと56分にカゼミーロが同点弾を決める。その後も数々の決定機をしのがれる時間が続き、このまま延長戦突入かと思われた後半終了間際にガブリエウ・マルティネッリが逆転ゴールを決めたところで試合終了。劇的な形でラウンド16進出を決めた。ラウンド16は初のベスト8入りを目指すノルウェーと対戦した。ところが、互いに拮抗した状態が続いた中で79分にエースのアーリング・ハーランドから先制点を奪われ、90分にもハーランドの追加点で奪われた。アディショナルタイムに獲得したPKをネイマールが決めて1点を返すも反撃及ばず1-2で試合終了となり、大会前から国民や代表OBから「歴代最弱」の声が上がり[17]、それを払拭したいところであったが36年ぶりのベスト16での敗退に、国民の反感を強めた[18]。大会終了後、2016年に地元開催となったリオデジャネイロオリンピックでブラジルの金メダル獲得に貢献し、16年に渡ってブラジル代表を牽引してきたネイマールが代表からの引退を表明した[19]。

A代表の成績

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FIFAワールドカップ

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開催国 / 年成績試勝分負得失
ウルグアイの旗 1930グループリーグ敗退210152
イタリア王国の旗 19341回戦敗退100113
フランスの旗 19383位53111411
ブラジルの旗 1950準優勝6411226
スイスの旗 1954ベスト8311185
スウェーデンの旗 1958優勝6510164
チリの旗 1962優勝6510145
イングランドの旗 1966グループリーグ敗退310246
メキシコの旗 1970優勝6600197
西ドイツの旗 19744位732264
アルゼンチンの旗 19783位7430103
スペインの旗 19822次リーグ敗退5401156
メキシコの旗 1986ベスト85410101
イタリアの旗 1990ベスト16430142
アメリカ合衆国の旗 1994優勝7520113
フランスの旗 1998準優勝74121410
日本の旗大韓民国の旗 2002優勝7700184
ドイツの旗 2006ベスト85401102
南アフリカ共和国の旗 2010ベスト8531194
ブラジルの旗 20144位73221114
ロシアの旗 2018ベスト8531183
カタールの旗 2022ベスト8531183
カナダの旗アメリカ合衆国の旗メキシコの旗 2026ベスト165311104
合計出場23回/優勝5回119792020247112

コパ・アメリカ

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FIFAコンフェデレーションズカップ

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開催国 / 年 成績 試 勝 分 敗 得 失 備考
サウジアラビアの旗 1992 不参加 コパ・アメリカ1991は準優勝
サウジアラビアの旗 1995 不参加 コパ・アメリカ1993はベスト8
サウジアラビアの旗 1997 優勝5410142 前回のワールドカップ優勝国枠で出場
メキシコの旗 1999 準優勝5401186 コパ・アメリカ1997優勝
大韓民国の旗日本の旗 2001 4位512233 コパ・アメリカ1999優勝
フランスの旗 2003 グループリーグ敗退311133 前回のワールドカップ優勝国枠で出場
ドイツの旗 2005 優勝5311126 前回のワールドカップ優勝国枠で出場
(コパ・アメリカ2004も優勝)
南アフリカ共和国の旗 20095500145 コパ・アメリカ2007優勝
ブラジルの旗 20135500143 翌年のワールドカップ開催国
ロシアの旗 2017 不参加
合計出場7回/優勝4回3323557828

世代別の成績

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オリンピック

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
フランスの旗 1900不参加
アメリカ合衆国の旗 1904
イギリスの旗 1908
スウェーデンの旗 1912
ベルギーの旗 1920
フランスの旗 1924予選敗退
オランダの旗 1928不参加
ナチス・ドイツの旗 1936
イギリスの旗 1948
フィンランドの旗 1952ベスト8320196
オーストラリアの旗 1956予選敗退
イタリアの旗 1960グループリーグ敗退3201106
日本の旗 1964311152
メキシコの旗 1968302145
ドイツの旗 1972301246
カナダの旗 19764位521266
ソビエト連邦の旗 1980予選敗退
アメリカ合衆国の旗 1984準優勝641195
大韓民国の旗 19886411124
合計8/2032157105940

FIFA U-20ワールドカップ

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
チュニジアの旗 19773位5320133
日本の旗 1979予選敗退
オーストラリアの旗 1981ベスト8421174
メキシコの旗 1983優勝6510134
ソビエト連邦の旗 19856600141
チリの旗 1987ベスト8420263
サウジアラビアの旗 19893位6501132
ポルトガルの旗 1991準優勝6420144
オーストラリアの旗 1993優勝6510112
カタールの旗 1995準優勝6411113
マレーシアの旗 1997ベスト85401255
ナイジェリアの旗 19995302135
アルゼンチンの旗 20015401152
アラブ首長国連邦の旗 2003優勝7511146
オランダの旗 20053位751193
カナダの旗 2007ベスト16410369
エジプトの旗 2009準優勝7520143
コロンビアの旗 2011優勝7520185
トルコの旗 2013予選敗退
ニュージーランドの旗 2015準優勝7421155
合計18/2010372181623169

南米ユース選手権

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
ベネズエラの旗 1954準優勝6330145
チリの旗 19583位5221106
コロンビアの旗 1964不参加
パラグアイの旗 1967ベスト4530275
パラグアイの旗 1971グループリーグ敗退420273
チリの旗 1974優勝6510183
ペルーの旗 1975グループリーグ敗退510467
ベネズエラの旗 1977準優勝6510132
ウルグアイの旗 19794位721457
エクアドルの旗 1981準優勝6321135
ボリビアの旗 1983優勝7610163
パラグアイの旗 19857610113
コロンビアの旗 1987準優勝6321114
アルゼンチンの旗 1988優勝7511142
ベネズエラの旗 19917430155
コロンビアの旗 1992651070
ボリビアの旗 19956501174
チリの旗 1997準優勝96212610
アルゼンチンの旗 19993位94322210
エクアドルの旗 2001優勝9621216
ウルグアイの旗 2003準優勝9711235
コロンビアの旗 20059522189
パラグアイの旗 2007優勝9630209
ベネズエラの旗 20099612179
ペルーの旗 20119711247
アルゼンチンの旗 2013グループリーグ敗退411246
ウルグアイの旗 20154位9513139
合計26/271721073332338135

FIFA U-17ワールドカップ

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
中華人民共和国の旗 19853位6402138
カナダの旗 1987グループリーグ敗退302101
スコットランドの旗 1989ベスト8421153
イタリアの旗 1991430182
日本の旗 1993予選敗退
エクアドルの旗 1995準優勝640263
エジプトの旗 1997優勝6600212
ニュージーランドの旗 1999624084
トリニダード・トバゴの旗 2001ベスト84301114
フィンランドの旗 2003優勝6510151
ペルーの旗 2005準優勝64021611
大韓民国の旗 2007ベスト164112144
ナイジェリアの旗 2009グループリーグ敗退310234
メキシコの旗 20114位74121512
アラブ首長国連邦の旗 2013ベスト85410194
チリの旗 2015530255
合計15/167546111815968

南米U-17選手権

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開催年 結果 試合 勝利 引分 敗戦 得点 失点
アルゼンチンの旗 1985準優勝8701324
ペルーの旗 1986準優勝716065
エクアドルの旗 1988優勝7610141
パラグアイの旗 19917502186
コロンビアの旗 19934位7421139
ペルーの旗 1995優勝7601194
パラグアイの旗 19977520207
ウルグアイの旗 19996510176
ペルーの旗 20017430185
ボリビアの旗 2003準優勝7511154
ベネズエラの旗 2005優勝75112711
エクアドルの旗 200796122911
チリの旗 20095311124
エクアドルの旗 201197112211
アルゼンチンの旗 20133位9540146
パラグアイの旗 2015優勝95131814
合計16/16118792514294108

歴代記録

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出場数ランキング

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2026年7月6日現在
  水色は現役代表選手
順位選手名出場ポジション期間
1カフー143DF1990-2006
2ネイマール130FW2010-2026
3ダニエウ・アウヴェス126DF2006-2022
4ロベルト・カルロス1251992-2006
5チアゴ・シウバ1132008-2023
6マルキーニョス1102013-
7ルシオ1052000-2011
8クラウディオ・タファレル101GK1987-1998
9ロビーニョ100FW2003-2017
10ロナウド981994-2011
ジャウマ・サントスDF1952-1968
12ロナウジーニョ97FW1999-2013
13ジウマール94GK1953-1969
14ジウベルト・シウバ93MF2001-2010
15ペレ92FW1957-1971
ロベルト・リベリーノ1965-1978
カカMF2002-2016
18ドゥンガ911987-1998
ジーダGK1995-2006
カゼミーロMF2011-

得点数ランキング

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2026年7月6日現在
  水色は現役代表選手
順位選手名得点出場ポジション期間
1ネイマール80130FW2010-2026
2ペレ77921957-1971
3ロナウド62981994-2011
4ロマーリオ55701987-2005
5ジーコ4871MF1976-1986
6ベベット3975FW1985-1998
7リヴァウド3574MF1993-2003
8ロナウジーニョ3397FW1999-2013
ジャイルジーニョ81MF1964-1982
10アデミール3239FW1945-1953
トスタン541966-1972
12ジジーニョ3053MF1942-1957
13カレカ2960FW1982-1993
カカ92MF2002-2016
15ロビーニョ28100FW2003-2017
ルイス・ファビアーノ452003-2013
17アドリアーノ27482000-2010
18リヴェリーノ2692MF1965-1978
19ソクラテス22601979-1986
ペペ41FW1955-1965

歴代選手

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W杯の登録メンバー

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主な代表選手

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GK

DF

MF

FW

歴代監督

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  水色はワールドカップ優勝監督
名前期間備考
アデマール・ピメンタ1936年 - 1938年1期目
アデマール・ピメンタ1942年2期目
フラビオ・コスタ1944年 - 1950年1期目
ゼゼ・モレイラ1952年1期目
アイモレ・モレイラ1953年1期目
ゼゼ・モレイラ1954年 - 1955年2期目
フラビオ・コスタ1955年2期目
ビセンテ・フェオラ1955年1期目
オスワルド・ブランダン1955年 - 1956年1期目
フラビオ・コスタ1956年3期目
テテ1956年
シルビオ・ピリロ1957年
ペドリーニョ1957年
オスワルド・ブランダン1957年2期目
ビセンテ・フェオラ1958年 - 1960年1期目
アイモレ・モレイラ1961年 - 1963年2期目
ビセンテ・フェオラ1964年 - 1966年2期目
ドリバル・ユストリッチ1968年
ジョアン・サルダーニャ1969年 - 1970年
マリオ・ザガロ1970年 - 1974年1期目
オスワルド・ブランダン1975年 - 1977年3期目
クラウディオ・コウティーニョ1977年 - 1980年
テレ・サンタナ1980年 - 1982年1期目
カルロス・アルベルト・パレイラ1983年1期目
エドゥ・アントゥネス・コインブラ1983年 - 1984年
エバリスト・デ・マセド1984年 - 1985年
テレ・サンターナ1985年 - 1986年2期目
カルロス・アルベルト・シルバ1987年 - 1988年
セバスティアン・ラザローニ1989年 - 1990年
パウロ・ロベルト・ファルカン1991年
カルロス・アルベルト・パレイラ1991年 - 1994年2期目
マリオ・ザガロ1995年 - 1998年2期目
ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ1998年 - 2000年
エメルソン・レオン2000年 - 2001年
ルイス・フェリペ・スコラーリ2001年 - 2002年1期目
マリオ・ザガロ2002年3期目
カルロス・アルベルト・パレイラ2003年 - 2006年3期目
ドゥンガ2006年 - 2010年
マノ・メネーゼス2010年 - 2012年
ルイス・フェリペ・スコラーリ2012年 - 2014年2期目
ドゥンガ2014年 - 2016年2期目
チッチ2016年 - 2022年
ラモン・メネゼス2023年
フェルナンド・ジニス2023年 - 2024年
ドリヴァウ・シウヴェストレ・ジュニオール2024年 - 2025年
カルロ・アンチェロッティ2025年 -

エピソード

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SENNA ACELERAMOS JUNTOS.=セナと一緒に加速した。(F1ドライバーになぞらえて大会を走破した事を加速と表現)

TETRA E NOSSO!=(優勝)4度目は我々のもの!

と書かれた横断幕を選手たちの手で掲げ、4度目の優勝を捧げた。

脚注

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注釈

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  1. ↑ ブラジルポルトガル語発音:[ˌseleˈsɐ̃w̃ bɾɐziˈlejɾɐ d͡ʒɪ fuʧiˈbɔw] セレソン・ブラズィレイラ・ジ・フチボウ
  2. ↑ 他は1930年大会の全4試合だったウルグアイのみ。
  3. ↑ 英語で「選抜」(英: selection セレクション) にあたる。
  4. ↑ 2014年7月8日以降はタイ記録。
  5. ↑ 欧州各国の辞退が相次ぎ、総参加国数が13にとどまったため、グループ1以外は各3カ国2試合ずつであった。なおこの時のユーゴスラビア戦が欧州のナショナルチームとの公式戦初対戦である。
  6. ↑ 16か国参加のトーナメント式だったため1試合で終了となった。
  7. ↑ 予選による本大会出場決定前は既に次回のブラジルワールドカップに出場決定しているため、実質的に「20」となる。

出典

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  1. ↑ “ブラジル紙、歴史的な敗戦と報じる”. nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. 2014年7月9日. 2014年7月9日閲覧.
  2. ↑ “Yugoslavia 8-4 Brazil”. footballzz.com. 2014年7月9日閲覧。
  3. ↑ “1990 FIFA World Cup Italy: Results”. 2013年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年7月6日閲覧。
  4. ↑ ブラジル人はこの屈辱を忘れない W杯準決勝でドイツに叩きのめされたサッカー王国の絶望(ニューズウィーク 2014年7月10日)
  5. ↑ “W杯予選ブラジル対アルゼンチンが開始直後に中止…政府関係者がコロナ安全面の指摘で乱入、メッシ「もっと早く言えよ」”. ゲキサカ. 講談社 (2021年9月6日). 2022年12月14日閲覧。
  6. ↑ “リシャルリソンのスーパーゴール炸裂!優勝候補ブラジル、セルビアに2発快勝で白星発進”. Goal.com (2022年11月25日). 2022年12月12日閲覧。
  7. ↑ “ネイマール、負傷離脱で思いを吐露「再びW杯で…キャリアで最も難しい時間の1つになった」”. Goal.com (2022年11月26日). 2022年12月12日閲覧。
  8. ↑ “【動画】ブラジル、83分のカゼミーロ弾で堅守スイスを撃破!2連勝で決勝トーナメント進出を決める”. Goal.com (2022年11月29日). 2022年12月12日閲覧。
  9. ↑ “ブラジル、初黒星も首位通過!決勝T最後の切符つかんだのはスイス”. Goal.com (2022年12月3日). 2022年12月12日閲覧。
  10. ↑ “ネイマール復帰のブラジル、前半4ゴールで韓国を圧倒!準々決勝でクロアチアと対戦へ”. Goal.com (2022年12月6日). 2022年12月14日閲覧。
  11. ↑ ““不屈”のクロアチア、2試合連続PK戦に及ぶ死闘でブラジル下し準決勝へ!延長後半の同点弾に守護神圧巻のセーブ連発”. Goal.com (2022年12月10日). 2022年12月14日閲覧。
  12. ↑ “これがネイマールの最後なのか.天国から地獄へ…「賛否両論」のスターが抱えた痛みと涙”. Goal.com (2022年12月10日). 2023年6月18日閲覧。
  13. ↑ “W杯準々決勝敗退後にブラジル指揮官チッチが退任発表「サイクルの終わり。私に二言はない」”. Goal.com (2022年12月10日). 2022年12月14日閲覧。
  14. ↑ ““王国”ブラジル、コパ・アメリカ開幕戦はスコアレス…猛攻もコスタリカの堅守崩せず”. Goal.com (2024年6月25日). 2024年6月25日閲覧。
  15. ↑ “コパ・アメリカ初戦ドローのブラジル代表、ヴィニシウス2発など爆発!パラグアイに4ゴール快勝”. Goal.com (2024年6月29日). 2024年6月29日閲覧。
  16. ↑ “ブラジル、PK戦で敗れコパ・アメリカベスト8敗退…10人で勝ちきったウルグアイは13年ぶり4強入り”. Goal.com (2024年7月7日). 2024年7月7日閲覧。
  17. ↑ 「今のブラジル代表は技術が低すぎる!伝説的な選手が嘆く「構造的な欠陥」とは - Qoly-Sports&the Style」。オリジナルの2026年4月12日時点におけるアーカイブ。2026年7月10日閲覧。
  18. ↑ Qoly. “日本代表に勝った王国ブラジル、W杯敗退決定!主将が国民に謝罪…「説明できない」(Qoly)|dメニューニュース”. topics.smt.docomo.ne.jp. 2026年7月10日閲覧。
  19. ↑ “「これで終わりだ」ネイマール、ブラジル代表引退へ…通算130試合80ゴール”. Goal.com (2026年7月6日). 2026年7月6日閲覧。
  20. ↑ サッカーキング (2026年7月5日). “ブラジル代表、W杯決勝トーナメントのvs欧州勢は“鬼門”…20年未勝利のジンクスをノルウェー戦で打破できるのか - 超WORLDサッカー!”. 2026年7月8日閲覧。
  21. ↑ ブラジルW杯:「恥・屈辱・侮辱」地元惨敗に衝撃(毎日新聞 2014年7月9日 2014年7月16日閲覧)
  22. ↑ 略奪や放火で10人を拘束 W杯、ブラジル惨敗」(朝日新聞 2014年7月9日 2014年7月16日閲覧)
  23. ↑ “ブラジル代表、史上初めて“全身黒”のユニフォームを着用…反人種差別の意思を表明”. Soccer King. 株式会社フロムワン. 2023年6月18日. 2023年6月18日閲覧.
  24. ↑ “「最も異例の敗北だ」日本代表に屈辱敗戦のセレソン、なんと73年ぶり2度目の失態に海外衝撃!「ブラジルの歴史で一度しかなかった」”. サッカーダイジェスト (2025年10月16日). 2025年11月1日閲覧。
  25. ↑ “ブラジルvsノルウェーの通算対戦成績は?過去の勝敗・試合結果まとめ | Goal.com 日本”. www.goal.com (2026年7月5日). 2026年7月7日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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