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てっぺんの向こうにあなたがいる

劇場公開日:2025年10月31日

てっぺんの向こうにあなたがいる

解説・あらすじ

吉永小百合の124本目となる映画出演作で、女性で初めて世界最高峰エベレストの登頂に成功した登山家・田部井淳子をモデルに、人生のすべてを懸けて“てっぺん”に挑み続けた女性登山家の姿を描いたドラマ。

1975年、エベレスト日本女子登山隊の副隊長兼登攀隊長として、世界最高峰エベレストの女性世界初登頂に成功した多部純子。その偉業は世界中を驚かせ、純子自身や友人、家族たちに光を与えたが、同時に深い影も落とすこととなった。登山家としての挑戦はその後も続き、晩年には闘病生活を送りながら、余命宣告を受けた後もなお、純子は笑顔で周囲を巻き込み、山に登り続けた。

キャストには、田部井淳子をモデルにしたキャラクター、多部純子を演じる吉永のほか、夫・正明役に佐藤浩市、エベレスト登頂の相棒で純子の盟友・北山悦子役に天海祐希、青年期の純子役にのんが名を連ねる。吉永主演の「北のカナリアたち」でもメガホンを取った阪本順治が監督を務め、同作以来13年ぶりに吉永とタッグを組んだ。

2025年製作/130分/G/日本
配給:キノフィルムズ
劇場公開日:2025年10月31日

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(C)2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

映画レビュー

4.0 日本の女性が頂点に立つ、2025年10月の奇妙な共時性

2025年10月31日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

楽しい

知的

登山について知識が乏しく、主人公のモデルになった故・田部井淳子のことも知らなかったが、1975年のエベレスト登頂と1992年の七大陸最高峰登頂はいずれも女性で世界初の偉業という。劇中で描かれているように、70年代といえば登山界隈に限らず男性優位が当たり前の時代に、女性たちだけで登山チームを組み数々の困難を乗り越えて8848メートルの世界最高峰の頂上に立った。そんな偉大な女性を題材とする劇映画が、憲政史上で女性初の内閣総理大臣が誕生した2025年10月に劇場公開されることに、まったくの偶然とはいえ奇妙な共時性を感じてしまう。日本の政界も依然として男社会で、その頂点である首相に女性が初めて登りつめたわけだから。

映画に話を戻すと、田部井淳子をモデルにした本作の主人公・多部純子の青年期をのん、高齢期を吉永小百合の2人で演じ分けている。吉永の主演映画ゆえ、純子ががんで余命宣告を受けてからの闘病や家族友人らとの関わり、東日本大震災後の慈善活動や東北の高校生らとの富士登山イベントなどが話の大半を占めるが、個人的には登山家として大いに活躍した青年期のエピソードをもっと描いてほしかった。

吉永と天海祐希(新聞記者の北山悦子役)は「最高の人生の見つけ方」でも共演しており、長年の親友という関係性に説得力さえ感じさせる。同様に、純子と悦子それぞれの青年期を演じるのんと茅島みずきが生むアンサンブルも好ましく、この2人の関係が長い年月を経ても変わらないことが自然に受け入れられた。

登山に伴う楽しさや困難、登頂時の達成感などを描くことが主眼ではないので、それらに期待すると肩透かしを食うが、一人の女性として人間としての生き方や、家族・友人との関わり方など、より普遍的な要素についての示唆に富む娯楽作に仕上がっている。

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高森郁哉

5.0 支えられての人生

2026年7月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

幸せ

斬新

癒される

今年1番の感動作
夫のサポートと本音トークが染み入りすぎ

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知恩坊主

3.5 命を燃やした女の登頂(チャレンジ)は、そこに至るまでの険しい道のりと、周りの温かく穏やかなサポートあってこそ

2026年6月21日
スマートフォンから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

単純

幸せ

癒される

ネタバレ! クリックして本文を読む
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近大

3.0 実は「感謝の人」だったのではないか。

2026年6月17日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

〈映画のことば〉
「もしかして、ですけど、この隊って、お金が…。」
「ないよ。でも、気持ちはある。
世界一高いところへ行くことしか考えていない。」

原著作で描かれる人物像は、登山以外の活動にも、50歳を過ぎてからも果敢に取り組んだ方ということですから、本作のヒロイン・多部純子についても、「行動力の人」とう押さえもあることとは思いますけれども。

それでも、実は、彼女は「感謝の人」だったのではないかと、受け止めました。
そして、持ち前の新聞記者としての洞察力から、早くからそのことに気づいていた北山は、不幸にも多部の登山チームが「解体」してしまっても、最後まで彼女との親交を深めることができたのではないか―。
そう思いました。本作を観終わって、評論子は。

上掲の映画のことばにしても、直接にはヒロイン・多部純子と11人の女性登山仲間の結束の固さを表すものなのでしょうけれども。
しかし、その「結束」を、いわばバックボーンとして支えていたのは、彼女の11人の仲間に対する「感謝」だったのだろうと、評論子は受け止めたわけです。
(それだけに、偉業達成後のチームの崩壊は、彼女には痛恨の出来事だったのだろうとも、評論子には思われます。仲間の結束の固さを微塵も疑わず、その信頼に基づいて単独登頂を実行したと評論子には思われる彼女にしてみれば)

そして、その前提から考えると、本作の題名にいわゆる「てっぺんの向こうにいる」という「あなた」というのは、果たして誰なのか―。

結局、「てっぺんの向こう」に本作の多部純子が見たのは、取りも直さず彼女の「感謝」の相手方…すなわち、彼女の全部を受け入れていた最愛の夫・正明と、その更にまた後ろに、彼女の11人の女性登山仲間それぞれの姿だったのではないかと、評論子は受け止めました。

本作中では明確には描かれてはいないことから、その「受け止め」の当否、是非については、もっともっと多義的な解釈があり得るだとうとは思いますけれども。

評論子としては、上記の受け止めとして、彼女のその心情を浮き彫りにした一本として、本作は佳作の評としたいと思います。

(追記)
〈映画のことば〉
オトコども、よく聞けよ。
山女にゃ惚れるなよ。
山と聞けばよ、ダンナは二の次よ。

考えてみれば…。
世の奥さん方にしてみても、自分の都合で「二の次」にできるのは、その実、この広い世の中で只一人、自分のダンナだけなのかも知れません。
有職の奥さんであれば、まさか自分の職場や、自分の親(老親)・子供に対しては、およそ「二の次」の扱いはできないでしょうから。

そうすると、奥さんから二の次、三の次に扱われている世のダンナ族は、案外、実は幸せ者なのかも知れません。
奥さんとしても、内心では「こんぐらいは二の次、三の次に扱っても大丈夫か?」と計りながら微妙な匙(さじ)加減を加えていることは、間違いのないことでしょう。
裏返せば、その扱いが手薄ければ手薄いほど、奥さんから寄せられている信頼・愛情は、それだけ厚いとも言えるのでしょう。

その実、子の父親であったほか、「兼ねて主婦(夫)を命ずる」との併任発令を受け、子供たちを預けていた学童保育所などでも、本務の立場では父親たちの集まりに参加し、併任兼務の立場では母親たちの集まりにも参加していた評論子は、語弊を恐れずにざっくりと言えば、いわば「敵方側」と「味方側」との両方の参謀会議に参加の機会を得ていたというような、稀有な(?)存在―。
お陰さまで、男親でありながらも、世の奥さま族について、いろいろと勉強させてもらうことができていました。

本作の純子にしても、まだ幼かった愛児・教恵を夫・正明に委ねて登山では半年間も家を空けたり…。
彼女にしても、何も後ろ髪引かれることなく登山に専念することができたのは、表向きには、かつての「山男」としての正明の愛情と理解とがあってのことですけれども。
しかし、その背景には、純子の正明に対する深い感謝と愛情とがあってこそのことと、評論子は受け止めました。

本作の筋からすれば、ほんの余談に過ぎないのですけれども。
本作中で女性登山家たちに歌われる、この替え歌を聞いて、評論子は、ふと、そんなことも思ったりもしていました。

(追記)
本作は、久しぶりの吉永小百合の出演作品でした。
いわゆる「サユリスト」の評論子ではありますけれども。
彼女のその人気に「おんぶにだっこ」という作品もないわけではない中で…。
本作は、作品それ自体としても、観応えがあったと、評論子は思いました。

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